「大和」と書いて「やまと」と読む。皆さんは何故「大和」を
「やまと」と読むのか、不思議に思ったことはありませんか?
「だいわ」とは読めても「やまと」とはとても読めません。
しかし「大和」と書いて「やまと」と読んでいるのです。
それには理由があるのです。
このルーツを辿るとわが国の古代史に戻ります。
有名な魏志倭人伝には西暦238年に卑弥呼が「倭王」の
金印を受領したと記載されています。
古代わが国は漢字では「倭」(ワ)と表記し、国内では
「やまと」と読んでいたのです。
中国の歴史書「後漢書」には西暦426年のわが国を「大倭」と
称しています。
「大倭」とは国家意識の高まりで「大」をつけたもので、
わが国では「おおやまと」と読んだと考えられます。
その後歴史が動いて、倭国が滅亡し、701年新生日本が誕生。
西暦720年に編纂されたわが国の正史「日本書紀」で
「日本」はなんと「やまと」と読むことを明記していたのです。
何故「やまと」と読むのか説明はありません。
西暦757年には新生日本の中心となった近畿地方の現在の
奈良県の国名の大倭の「倭」を「和」に変えた「大和」が誕生。
本来は「おおやまと」であったものが、漢字は「大和」、
呼称は略して「やまと」と読むようになったのです。
ちなみに奈良県天理市にある「大和神社」は、かの戦艦大和が
守護神としてこの神社の分霊を祀っていたことでも有名ですが、
この神社は「おおやまと」神社と読みます。
その「おおやまと」神社を次のページに紹介します。
このテーマは日本の国号に関わるもので、「日本書紀」で何故
「日本」を「やまと」と読むようにしたのか、大変奥深い
テーマです。更に英文表記JAPANにも及びます。
3ページ目に「国号日本とJAPANのルーツ」として全体を
まとめてみました。是非お目通しください。
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