拝殿と本殿

拝殿 本殿


   左の写真は拝殿、右が拝殿の後ろにある本殿。元和5年(1619年)二代将軍徳川秀忠公が造営。
この造営に伴って家康公が造営した本殿は現在の奥宮社殿となった。
拝殿の反対側に宝物館がある。この中に国宝「直刀」がある。その長さ約3メートルの長大な刀で、
奈良時代の制作とされている。武神タケミカツチにふさわしい刀である。

 常陸風土記ではこの地域は「香島郡」となっている。昭和56年から始まった「鹿島郡家跡」の発掘の
結果、「鹿嶋郷長」と記載された墨書土器が発掘されたこと、また文献では養老7年(723年)には
「鹿島郡」と記載されていることから、この頃には「香」から「鹿」へ変更されていたものと考えられる。

 さて「カシマ」とは元々どのような意味を持っているのだろうか。茨城県史によれば鹿島の語源は、船を
つなぐ杭を打った「カシ島」からきているという。肥前国風土記にその由来が記載されており、現在の佐賀県の
「杵島」(キシマ)となり、あるいは鹿島(カシマ)となったという。


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