茨城のルーツ

常陸の国 茨城のルーツ


 茨城県は「いばらぎ」でしょうか、それとも「いばらき」でしょうか?
正式の呼称は「いばらき」です。1871年8月の廃藩置県では水戸県や石岡県がありましたが、茨城県は
ありません。同年12月の再編成により「茨城県」が誕生しました。
現在の石岡市は奈良時代に常陸の国の国府がおかれ、常陸の国の中心であり、常陸風土記に登場する
「茨城郡」の中心地でした。今回は「茨城のルーツ」を探ります。

 奈良時代に編纂された常陸風土記に「茨城のルーツ」に関する説明があります。風土記は和銅6年(713年)
元明天皇の詔によって全国に作成指示が出されたものです。ただ1300年の時を経て、現在伝わっている
風土記は常陸、播磨、肥前、豊後および出雲の5カ国のものだけになっています。
 常陸風土記は養老三年(719年)常陸守として着任した藤原宇合が監修して養老六年(722年)完成した
ものといわれています。しかし現在残っているものは200年後の平安時代、延長三年(925年)の再撰修
命令により、再整理されたもので、残念ながら200年の間に消失した部分が多く、養老本の1/3に過ぎない
といわれるが、当時の状況を知る貴重な文献である。


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