太宰府
太宰府は北に四王寺山(大野城)、南に基山(基肄城)を配し、
防衛上堅固な位置を選定して都の造営が行われたものと考えられ
ます。博多湾方面からの防衛ラインとして高さ13m、全長
1.2kmの水城が築かれています。
この地に倭国の王が政庁を開いたものと考えられます。
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