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上の写真は銅剣・銅矛・銅鐸を復元したものである。古代この輝きは祭祀に使われたことは間違いない。 また極めて貴重なものであったことも間違いない。この貴重なものをこれだけ大量に誰が埋納したの だろうか? 落合さんのお話ではこれらを埋納したのは出雲の古代人自らが埋めたという。 稲の生育を「祈り」のみに頼ってきた集団が、この文化に別れをつげ、新しい土地に新しい技術で より豊かな生活を目指して、自ら古い時代を閉じたのではないかという。また銅剣のX印は製造した 工房を示すものという。更に出雲にこの時代の争いの痕は見られないという。 従来の祭祀の象徴であった青銅器を封ずることが出来るのは新たな支配力を持った首長の誕生を 意味したものかも知れない。この遺跡が西暦50年前後で、この王が西谷墳墓群の王となったのだろうか? 西谷墳墓群が100年ほど続いた後の3百年間は出雲は再び謎に包まれる。出雲は謎の多い場所である。 |