玉田古墳

玉田古墳

      

 項      目 調     査     内     容
1.玉田古墳のある
  場所
韓国南部の陜川(釜山から車で3時間の山間部)
2.古墳の規模 大きな古墳が7基 中小型の古墳が21基
3.発見時期 1985年
4.築造時期 4ー6世紀
5.当時の時代背景 古代韓国南部に栄えた「伽耶」(西暦42年建国)の一国である
「多羅国」と見られている。現在でも近くに「多羅」という地名
がある。
6.韓国における
「玉田」の発音と
その意味
 玉はオク、田はジョンと発音する。(日本語のギョクとデンに
通ずるところがある)玉は日本語と同じ「ぎょく」の意味、
田はたんぼのこともあるがここでは広義に場所(ところ)を
指している。
7.この古墳が何故
  「玉田」か
 古墳のある場所の住所は「城山里」であり、玉田と呼ばれる
のは古墳のある場所のみという。研究者のお話ではこの辺で
「玉」(ぎょく)が出てくるので「玉田古墳」と呼ばれるように
なったという。
8.考察  玉田古墳には「玉田のルーツ」を研究する一環として
2004年4月22日に現地を訪問した。
この場所が日本の「玉田姓のルーツ」に直接関係することは
薄いかも知れないが「玉造りの技術」を持った人々が伽耶の
国から渡ってきた可能性は極めて高く、その意味で深い
ところでつながっていると思われる。
また中国にある「玉田県」の由来も関心がある。
玉田古墳の現地調査では大邱にお住まいの申先生に大変
お世話になりました。


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